あけまして、おめでとうございます。昨年は、御門徒の皆様方には、大変お世話になりました。本年も、御門徒の皆様方と共に、お念仏薫る中、お浄土への歩みとして、大切に過ごさせていただきたく存じます。
先日、ある御門徒宅において、次のようなお話を聞かせていただきました。
「長男は、仕事が忙しく、なかなかお寺にお参りすることも、実家に帰ってくることもできない状態ですが、如来様のことは、大事に思ってくれています。あの子は、子どもの頃、お寺にお参りすることを、とてもいやがりました。私が、お寺の日曜学校に連れていこうとするのを、二階に逃げてバリケードまで作って反抗しました。それでも、私は、あの子を叱りつけて、無理矢理、お寺にお参りさせました。私は、子どもを一人亡くしています。亡くなったあの子が、私の善知識(私を仏法に導く善き先生)になってくれました。元気で育ったこの子には、どうしても仏縁に遇ってもらいたかったのです。大人になった今でも詳しい仏法のことは、まだまだ分かってはいないでしょうが、ここに帰ってきたときは、何よりも先にお仏壇の前に座って、手を合わせてくれています。如来様を大切に思ってくれている姿を見ると、安心します。」
仏縁に遇うことほど、難しいことはありません。『仏説観無量寿経』には、念仏者は、人中の芬陀利華だと説かれています。芬陀利華というのは、お浄土に咲く白い蓮の花のことで、お浄土でもめったに咲くことのない珍しい花とされています。念仏者というのは、それほど尊く、遇い難いものなのです。親鸞聖人も、その主著『教行信証』の序文の最後に、仏縁に恵まれたことを、次のように慶んでいらっしゃいます。
「ここに愚禿釋の親鸞、慶ばしいかな、西蕃月支の聖典、東夏日域の師釋に、遇い難くして、今遇うことを得たり、聞き難くして、今聞くことを得たり。真宗の教・行・証を敬信して、特に如来の恩徳の深きことを知ぬ。ここをもって、聞くところを慶び、獲るところを嘆ずるなりと。」
非常に難しいお言葉ですが、宗祖のお言葉ですので、余計な手を加えず、そのままご紹介させていただきました。ここには、遇い難く聞き難い仏法に出遇えた親鸞聖人のほとばしる慶びが感じられます。遇うべきものに遇わせていただき、聞くべきものを聞かせていただいた。人生に一点の悔いもなし。というところでしょう。
そもそも、私は何のために生まれてきたのでしょう。また、この人生にどんな意味があり、何を目指して生きるべきなのでしょう。この根本的な問題に心を砕くことができるのは、多くの命がある中でも人間だけです。この問題に心を砕くことが出来ない人は、人として生まれてきた甲斐がないということでしょう。生まれてきたことにも、生きることにも、そして、死ぬことにも、はっきりとした意味があることをお釈迦様は説かれたのでした。仏教徒というのは、その仏説を仰ぎながら、自分の命の意味を味わっていく者のことをいうのです。
浄土真宗の盛んな地方に「鬼菩薩」という言葉があるそうです。特に、お嫁さんと姑さんとの間で使われるそうですが、嫁いできた何も知らないお嫁さんを、姑さんは、厳しく育てていきます。特に、お寺や仏事に関わることは、妥協することなく厳しく指導していきます。お嫁さんからすれば、鬼のような姑さんです。しかし、そのお嫁さんも、仏縁に恵まれる時がやがて訪れます。その時に、大嫌いだった鬼のような姑さんを、菩薩様と仰いでいく世界が開けてくるというのです。私に、あれほど厳しくあたっていたのは、この如来様の御慈悲に遇わせるためだったのかと、頭が下がっていく世界があるというのです。鬼菩薩、ありがたい言葉ですね。大切な人ほど、仏法に遇ってもらわなければなりません。なぜなら、人として生まれながら、命の慶びもいただけないまま苦しみの闇の中に落ち込んでいくことは、いたたまれないことだからです。
時に、鬼となって遇い難い仏法に導いてくださる、これも如来様の深いお慈悲の働きでしょう。
先日、仏教婦人会の大会の折、『アソカの園』という歌を聞いた会員さんの中で、「胸が熱くなりました」と言われた方がいらっしゃいました。また、コーラスの芬陀利華のメンバーの方々も、この歌の歌詞について、興味を持たれた方が、たくさんいらっしゃいました。そこで、今月は、この
『アソカの園』という仏教讃歌について、少し味わってみたいと思います。
「アソカ」という言葉は、仏教全般でよく使われる言葉ですが、これは、「無憂華」という花をインドのサンスクリット語で表現したものです。お釈迦様は、この「無憂華」という花を咲かせる樹の下でお生まれになられたのです。お釈迦様の御母様であるマヤ夫人は、お釈迦様をお生みになられた時、大変、安産だったことから、その花を「憂いの無い華」と名づけられたとも言われますが、「憂いの無い」という世界は、お釈迦様が説かれた仏教の世界観も同時に表しています。その一番目の歌詞は、次のものです。
「暁のひかりとあおぐ
み教えのふかきみちびき
母なれば妻なればこそ
ささげましこの手この業
とうときは法のみひかり」
「暁のひかり」というのは、普通の光とは違います。暁の太陽の光は、真っ暗な夜の闇を破る光です。真っ暗だった夜の闇は、暁のひかりによって破られていきます。それと同じように、如来様のみ教えは、真っ暗な私の心の闇を破ってくださるのです。一度、差し込んだ光は、少しずつ、それまで闇に覆われて見えなかったものを見せてくださいます。
生きていれば、思い出したくもない苦しい出来事や悲しい出来事が、誰にでもあるはずです。それらの出来事に遭遇したとき、ただ愚痴や涙しか出ないのが、私達の姿です。しかし、悲しみや苦しみの中にも、隠された真実というものがあるのです。悲しい中にも合掌ができる世界があります。教えを聞き続けるということは、少しずつ、その真実に目が慣れていくということでもあるのです。それが、「ふかきみちびき」ということです。教えられ、気づかされ、導かれていくのが、み教えを聞く者の本当の姿なのです。教えを聞いても何も変わらないというのは、聞いていないということでしょう。しかし、自分では、その変化になかなか気づけないものです。渋柿が、太陽の光によって、いつのまにか甘い柿に熟していくように、み教えを聞かせていただくならば、少しずつ、いつのまにか育てられていくものなのでしょう。
「母なれば妻なればこそ ささげましこの手この業」というのは、み教えに導かれた姿を表現したものです。女性として、母の役割や妻の役割を果たしていくことは、大変なことです。決して、一筋縄にいくものではありません。「なぜ自分だけが・・・」「なぜこんなことを・・・」など、愚痴をこぼすことも日常茶飯事のことでしょう。しかし、み教えの光に照らされるとき、私の幸せのみを追求し、他の周りの安らぎを願っていない浅ましい姿が、浮かび上がってきます。私の幸せを追い求めることしか見えていない時は、現状の在り方に感謝することは決してありません。親鸞聖人は、「この如来、微塵世界にみちみちてまします」とお示しくださっていますが、如来様は、既に様々に姿を変えて、私の人生に満ち満ちてくださっていると聞かせていただく時、周りに満ち満ちる私を支える温かい働きに気づかせていただくはずです。ならば、私もまた、周りの為に一生懸命させていただかなければなりません。そのことを表現しているのが「ささげましこの手この業」という歌詞でしょう。「してあげている」という世界が、「させていただく」という世界に転ぜられていくのです。
二番の歌詞に「ほほえみは 泉とわきて み名よばん」ともあります。これは、愚痴が喜びに変わっていく様を表現しています。「み名よばん」とは、「南無阿弥陀仏」とお念仏させていただくことです。お念仏を申すことは、如来様に呼び覚まされているのと同時に、如来様の御名を讃え、如来様に感謝する想いが溢れている姿でもあります。お念仏は、本当のほほえみを私の上に開いてくださるのです。
日常生活の中でこそ、浄土真宗のお法は、本当に味わうことができるのです。日々、気づかされる毎日を大切に送らせていただきましょう。
先日、ある御門徒の満中陰のご法事の折、御当家の御当主から、次のようなお話を聞かせていただきました。
「時間が経つごとに、寂しくなって参ります。妻は、いつもお仏壇の前に座って手を合わせていました。その妻の姿を想って、私もお仏壇の前に座って手を合わせています。そして、妻に話しかけるように、如来様に話しかけています。如来様が、妻の言葉を取り次いでくださいます。如来様を通じて、妻とお話をさせていただいております。」
大切な方との死の別れは、生き続ける中で、誰にも等しく訪れる経験でしょう。大切な方の死は、私に普段、意識の外に追いやっている死というものの恐ろしい真実を、否応なく突き付けてきます。その恐ろしい真実とは、残酷なまでの虚無とでもいえるでしょうか。死は、すべてを残酷なまでに奪い去り、何も残しません。いつまでも、同じ状況が続くように錯覚している私にとっては、驚くべき残酷さでしょう。
仏教は、古来よりこのような死によってもたらされる悲しみや苦しみを癒す役割を担ってきました。昔も今も、仏教といえば、一般的には、怨霊のたたりを鎮め、病気や災難を逃れるための呪術とみるか、亡き方が、少しでもいいところへ生まれるように追善供養の儀礼を教えるものとみるか、そのどちらかだとみなされています。とりわけ、仏教が行ってきた追善供養というものは、死によってもたらされる、人々のどうしようもない傷を癒す役割を担ってきたと思います。
追善供養とは、残された者が、死者のために善なる行いを積み、その功徳を死者に届けようとする儀式です。この世とは隔絶された死者の世界に、少しでも思いを届けることが出来ることは、傷ついた心には、大きな癒しとなっていきます。追善供養が、現在に至るまで、まるで仏教の中心であるかのように行われていることが、その役割の大きさを物語っているでしょう。
そんな仏教の常識の中、親鸞聖人は、破天荒な言葉を述べておられます。
「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、いまだ候はず。」(『歎異抄』)
親鸞聖人自身、身内の供養のために念仏を申したことは、一度としてないと言い切られています。これは、昔も今も仏教の中では破天荒な教説だといえましょう。宗祖が、教えられている以上、浄土真宗門徒は、身内の供養のために念仏を用いては決してならないということになります。しかし、葬儀や法事を先祖供養の意味でお勤めされる方は、案外多いのではないでしょうか。
親鸞聖人が、このように、きっぱりと追善供養を否定されたのは、死者とのつながりを否定するためではありません。追善供養よりも、もっと確実に大きな癒しと安心をもって、死者とつながってゆける世界があることを確認されたからなのです。そもそも、自分自身の人生すらままならない、しかも、生の意味も死の意味も分からないまま嘆き悲しむしかない者に、他者を救う力などあるはずがありません。また、死の世界が、私にとって隔絶されたものである以上、どんなに追善供養をしても、それが死者に届いているかどうかは確実に確認することはできないのです。
親鸞聖人が拠り所とされていた念仏とは、私の口で称えていても、それは、阿弥陀如来の行いなのです。如来様の方が、私に向かって働いてくださっています。そして、阿弥陀如来とは、生と死の壁を破って、広大無辺な大悲の領域をもたらす働きです。阿弥陀如来の働きは、人の手の決して届かない地獄の闇の底まで届き、あらゆる「いのち」の苦悩を癒し、その闇から解放していくのです。あらゆる「いのち」は、阿弥陀如来の広大無辺の大悲の中に包摂され、阿弥陀如来の大悲の中で、あらゆる命が、繋がっています。親鸞聖人は、不安の中で追善供養しなくとも、阿弥陀如来を通じて、亡き方と確実に通じ合え、また、一所で会える世界があることを確認されたのです。
お仏壇の前に座って、お浄土に参られた故人に語りかけるとき、きっとお浄土からの響きが聞こえるはずです。その響きは、生と死の壁を破り「いのち」の共感の場を開く大悲の喚び声です。お念仏申す中に、大悲に抱かれ、お浄土の領域へと導かれ育てられる日々を送らせていただきましょう。
先月、お盆勤めの際、ある御門徒から次のようなお話を聞かせていただきました。
「私は、重誓偈のお勤めを聞かせていただくと、何ともいえない懐かしい思いになるのです。正法寺が火事になった時、私は、まだ高校生でしたが、病気の母の代わりに、仏教婦人会の方と一緒に本堂再建のための托鉢に歩いて回らせていただきました。その時、肩から白いタスキをかけて、口には、重誓偈のお勤めをしながら、寒い中、仏教婦人会の方々と一緒に一軒一軒歩いて托鉢に回りました。重誓偈のお勤めを聞かせていただくと、あの時のことが、懐かしく思い出されます。」
昭和三十一年十二月二十日の正法寺の大火災については、まだ、記憶に残っている方も多くいらっしゃることと思います。特に、昼間の火災であったということもあり、当時、興進小学校に通っていた方々からは、当時の凄まじい火災の様子を、よく聞かせていただくことがあります。その後、御門徒の方々が、どのような想いと御苦労をもって、本堂再建の為に奔走されたのかも、様々な方から聞かせていただいたことでした。
当時の仏教婦人会の方々が、自らの生活も省みず、本堂再建のために奔走される中、一同に口にお勤めされていたのが、『重誓偈』というお勤めだったそうです。『重誓偈』は、『仏説無量寿経』という経典の中に説かれている偈文です。偈文というのは、定型句の韻文でつづられる詩のようなものです。親鸞聖人も、その主著『教行信証』の中で有名な『正信偈』という偈文をお作りになり、阿弥陀仏と七高僧のお徳を讃嘆していらっしゃいます。
さて、この『重誓偈』は、「重ねて誓う」と書くように、『仏説無量寿経』の中で、阿弥陀仏の四十八の誓いが説かれた後に、重ねてもう一度、その誓いを要約して説かれたものです。阿弥陀仏の誓いは、四十八を数えますが、その中でも中心になるのが、十八番目に説かれている誓いです。この十八番目に説かれている誓いを、阿弥陀仏の根本の願いということで、本願と呼ぶのです。「本願寺」というのは、この本願から名づけられた寺号です。
この『重誓偈』で表されていく内容も、やはり、この十八番目の誓い、本願のお心が中心となっていきます。『重誓偈』の二句目と三句目に次のような言葉が説かれています。
「われ無量劫において、大施主となりて、あまねくもろもろの貧苦を済はずは、誓ひて正覚を成らじ。われ仏道を成るに至りて、名声十方に超えん。究竟して聞ゆるところなくは、誓ひて正覚を成らじ」
「誓ひて正覚を成らじ」という言葉は、仏としての命をかけるということです。阿弥陀如来は、その仏の名にかけて、生きとし生けるものの安らぎを実現しようと誓われています。そして、「名声十方に超えん」というのは、阿弥陀如来としての名告りは、あらゆる世界の上に響いていくことを表しています。人間はもちろんのこと、あらゆる動物、植物、目に見えない小さな命に至るまで、如来様の働きは満ち満ちているのです。私の上で味わうと、それは、お念仏ということになります。私がお念仏させていただいているのは、この阿弥陀如来の誓いが、実際に実現している姿に他なりません。南無阿弥陀仏は、「あまねくもろもろの貧苦を済はずは、誓ひて正覚を成らじ」という阿弥陀仏の名告りなのです。
仏教婦人会による正法寺本堂再建へ向けた働きは、本当に大変なものだったと聞いています。遠くは、下関まで托鉢に回ったことを聞かせていただいたこともあります。また、一軒一軒、御寄附をお願いして回るのですから、浄土真宗門徒でないお家にも、たくさんお伺いされたようです。中には、心無い言葉を投げつける方もいらっしゃったと聞いています。しかし、そんな中、自らを振り捨てて御報謝されたのは、阿弥陀如来の誓いが、何よりも尊いものとして響いておられたからでありましょう。阿弥陀仏の誓いを口にかけ、その有難さを噛みしめながら托鉢されるお姿は、まさしく現生に現れた還相の菩薩のようです。私達のお寺があることの深い意味を、今一度、大切に味わいたいものです。
先日、お盆のお勤めの際、ある御門徒の方から、次のようなご質問をいただきました。
「私は、長年、お聴聞してきましたが、なかなか信心というものが、はっきりしません。蓮如上人が、再三、信心ということをおっしゃっています。十八願を心得ることなどが説かれていますが、信心をいただくとは、どういうことでしょうか。」
普通、何かを信じようとするとき、私たちは、まず自分で確かめて納得しようとします。このように自分で真偽のほどを確かめた上で信じることを「確信」というのです。それに対して、自分で真偽のほどを確かめようともせず、言われるままに思い込んでいくことを「妄信」といいます。だいたい、宗教全般で、信心といえば、この「確信」と「妄信」の二つのどちらかではないでしょうか。
浄土真宗においても、最も大切なのは、この信心ですが、親鸞聖人が明らかにされた信心とは、「確信」でも「妄信」でもないところに、浄土真宗の難しさがあります。「確信」でも「妄信」でもない信心なんて、普通は想像できないはずです。自分で確かめて納得するのも間違い、教えられるままに思い込んでいくのも間違い、というのであれば、私たちは、何をどのように信じればよいのでしょうか。
親鸞聖人は、信心について、主著の『教行信証』を初め、あらゆるお書物の中で、詳しく分析し、それが何であるのかを導き明らかにしておられます。その中で信心とは、「真実心」であることを明らかにされています。「信」を「まこと」とも読みますが、これは、「真」と同じ意味を表しています。ただ、「信」の方は、「人の言葉」について「まこと」であることを表しているのです。「信心」というものが、本来、「うそ、いつわりのない真の心」を表しているならば、「確信」も「妄信」も「うそ、いつわりのない清らかな真実心」でなければなりません。親鸞聖人が、確信や妄信のような世間でいう信心は、本当の信心ではないとして退けられた理由はここにあります。つまり、私が真偽のほどを確かめて納得した上で得た確信も、人から教えられるままに思い込んでいる妄信も、嘘や偽りが必ず混じっているというのです。「真実」というのは、揺らぐことも壊れることも決してない安定したもののことを言います。どんなに固い確信でも、どんなに純粋な妄信でも、揺らいだり壊れたりしていきます。なぜなら、それらは、無常の世界に生きる人間境涯が作り出したものだからです。時代や生活環境等が変われば、心も様々に変わっていきます。人の心は、変わっていくのです。
親鸞聖人は、本当の信心とは、阿弥陀如来の大悲心であることを明らかにされています。「あなたを必ず仏にしたい」という阿弥陀如来の願いは、どんなに時を経ても、私がどんな風に変わろうとも、決して揺らぐことも壊れることもありません。浄土真宗で信心というのは、如来の心をいうのであって、決して私の心をいうのではないのです。私の心の中を探しても、信心というのは見つかりません。
親鸞聖人は、私において信心ということがあるとすれば、それは、聞こえていることだと言われています。「お前を必ず助ける、仏にする」という如来様の言葉が、そのまま聞こえていることが本当の信心です。言葉は、心が形となって現れ出たものです。如来様の言葉をそのまま聞くことは、如来様の心をそのまま頂くことでもあるのです。妙好人の三河のおそのさんは、「私に領解はなんにもない。一生の間、ただ無駄骨おっただけじゃわいのう」と晩年、病床において喜んでおられたそうです。そして、「私は、参らせてやろうの仰せの外に後も先もぞんじませぬ」といつも言われていたそうです。
私が作り上げる信心は、生死の問題の前においては、何の役にも立ちません。まさしく無駄骨です。しかし、それが無駄骨であることを喜べる世界があるのです。如来様は、こうでならなければならないとは、おっしゃいません。ただ、「お前を必ず仏にするぞ、浄土につれてゆくぞ。」と仰せになるばかりです。それを聞いて、ありがたいことだなと受け止める外に特別なことは何もないのです。如来様が、大丈夫だと言われるから大丈夫なのです。お念仏を聞かせていただく中に、そのまま安心させていただきましょう。
先日、ある御門徒のご法事の折、御当家の方から、次のようなお話をいただきました。
「私等、仏様というとお願いごとをしたり、先祖の人達の供養をするものとしか考えたことがありませんでしたが、御院家のお話を聞いていると、どうもそういうものではないようですね。まだよく分かりませんが、私等の生き方に関わるようなものなんですね。」
少しずつでも、浄土真宗のお心に耳を傾けてくださったことを、大変嬉しく思いました。
浄土真宗のお心というのは、世間では明らかに非常識なものでしょう。これは、「門徒物知らず」という言葉が、昔からあることからも、うかがい知ることができます。門徒というのは、他の御宗旨では、檀家といいますので、門徒というだけで、浄土真宗門徒を表しています。「物知らず」というのは、浄土真宗の盛んな土地では、日本社会で当たり前に行われている様々な俗習が行われていないことを表しています。例えば、友引の日に平然と葬儀を勤めることや、家族の者から死者が出たからといって物忌みをしないことや、節分の豆まきやお正月のしめ縄作りをしないことなど、日本社会で当たり前に行われていることを浄土真宗門徒は、受け入れてこなかったのです。これは、世間からみれば、浄土真宗門徒は、常識を知らないということになるでしょう。それが「門徒物知らず」という言葉が使われるようになった所以です。
人は、常識的でない非常識なものを嫌う傾向があります。誰でも、非常識なものを受け入れるには抵抗があるでしょう。なぜなら、常識とされるものは、大多数の人々が正しいと判断しているものであり、非常識なものとは、大多数の人々が受け入れていないものだからです。
しかし、生活や政治のことならまだしも、私自身の命の問題を、常識か非常識かに委ねてよいものでしょうか。多くの人々が、正しいと思っていることが、本当に正しいことであるとは限りません。仏様の眼からみれば、人というのは、危ないものです。何が危ないのかというと、自分自身が正しいと思い込んでいるからです。間違いを正しいと思い込んで行動しているほど恐ろしいことはありません。宗教を持つというのは、自分自身の在り方を、自分というものを離れたところから見つめることのできる目を持つことでもあるのです。
これは、仏教だけの話ではありません。例えば、イエス・キリストの有名な言葉に「左の頬を打たれたら、右の頬を差し出せ」というものがあります。ハムラビ法典以来、「目には目を、歯には歯を」というのが、世間の常識でした。人から傷つけられたなら、やられた分だけ仕返しをすることが正しいことであり、そこに疑いを挟む余地など人々の中に微塵もなかったのです。しかし、イエスの言葉は、それが間違いであることを伝えているのです。傷つけられたから、相手を傷つけてもよいという道理は間違っているのです。いかなる場合も、相手を傷つけるような行いは慎むべきなのです。これは、お釈迦様もお説きくださっている正しい道理です。しかし、人というのは、自分が間違っているとは決して思わずに、罪を重ねていきます。ここに、宗教を持つことの大切さがあると思います。
仏教の話は、よく分からないという声を度々耳にします。それは、常識でない非常識な世界を語っているからです。常識を疑うことを知らない人には、仏教というのは、非常に受け入れがたいものでしょう。しかし、今まで常識的に当たり前だと思い過ごしてきた様々なことを、一度、点検してみることは、人生において必要なことではないでしょうか。当たり前だと思って行っていることは、あまり深く考えずに行っていることがほとんどです。たまたま頂いたこの命を、正しく生き、正しく死んでいくことが、私に課せられた大きな責任であり、仏教は、その責任を果たしていく道を説いています。何も考えずに当たり前に行っていることに疑いを持ったなら、それは、如来様の呼び声が聞こえ始めているのかも知れません。
どれだけ歳を重ねても、常識にとらわれず、いつも心柔らかに、如来様の声に耳を傾け喜んでゆける人生でありたいものです。
先日、ある御門徒のご法事の折、御当家の方と御親戚の方との間で、次のようなやり取りがありました。
御当家
「〇〇さん、本当に変わりましたね。昔はあまり、仏様を大事にするような人ではなかったですよね。今では、お寺の御法座にもお参りされているんでしょ?」
御親戚
「ええ、昔は、全く仏教に興味がありませんでした。今日のご法事のお婆ちゃんのおかげなんですよ。私の家のご法事に来られた時に、毎回、きつく叱られていました。お念仏が出ない私達に、『それでも浄土真宗の御門徒かね。お念仏申しなさい。』とか、他にも作法のことやらをいつも細かく注意されてきました。何度も叱られている内に、いつの間にか大事にさせていただけるようになったんですよ。お婆ちゃんのおかげです。」
御当家
「へぇ~、そうなんですか。そんな話、お婆ちゃんから一度も聞いたことありませんでした。ご法事にお参りに行って、そんなことを言ってたんですか。」
生前中の故人のお姿が偲ばれる、とても有難いお話でした。
仏教の言葉の中に「善知識(ぜんちしき)」というものがあります。善というのは、そのまま「善い」という意味です。「知識」というのは、「教え導くもの」という意味です。つまり、「善知識」というのは、「善き方向へと教え導いてくださる方」という意味になります。
江戸時代末期に活躍した真宗大谷派(東本願寺)の学僧に香樹院徳竜(こうじゅいん とくりゅう)という方がいらっしゃいました。この徳竜師が、ある御門徒に語った言葉として、次のようなものが残されています。
「いかなる善人でも、念仏申す妨げになるなら悪魔じゃと思え。いかなる悪人でも、念仏申す助けになるならば、善知識じゃと思え。」
自分のことを大切に思ってくれる人であっても、念仏を申す妨げになるような人ならば悪魔だと思えというのです。逆に、自分を傷つけるような人であっても、念仏を申す助けになるような人であれば、善知識としてその人を敬い大切にしなさいというのです。また、妙好人として有名な浅原才市さんが残された詩にも、次のようなものがあります。
「世界のものが ことごとく ちしきに変じて これをわしによろこばす」
「ちしき」というのが、善知識のことですが、この世界のあらゆるものが、善知識となって、私に喜びを与えてくださるというのです。
これらの言葉からも分かりますように、善知識というのは、単に教えを授ける師匠というのではなく、あらゆるものの上に味わっていくものなのです。自分が傷つけた出来事も、それがご縁となり仏法を聞くことが出来たなら、私を傷つけた人は尊い善知識です。人だけではありません。動物や虫や植物も善知識として敬い感謝するべきものに成り得るのです。
阿弥陀如来のお心を頂き、その心に育てられていくというのは、少しずつ新しい心の視野が開けてくるということでもあります。ある時は順縁となり、ある時は逆縁となり、善きにつけ悪しきにつけ、苦しみ楽しみにつけて、人生のあらゆる出会いは、私に念仏を慶ばせてくださった人生の教師だったといただいていけるような心の視野が開かれていきます。人生において出会うあらゆるものが、頭を下げ感謝すべき尊いものとして味わうことができたなら、その人の人生は、まことに幸せなものということができるでしょう。人生において、蓋をして隠してしまうようなものは一切なく、あらゆるものを尊く受け入れていけるからです。
浄土真宗の御法事は、有縁の方々が、故人を善知識として味わうところに尊い意味があると思います。人間ですから、様々な想いを持つのは当たり前です。しかし、その人から頂いたものが、順縁であれ逆縁であれ、仏法に導き私を育ててくださった尊い人生の教師として有難く感謝させていただけるところに、本当の弔いの意味があるのです。
故人のお蔭で・・・と喜んでいけるご法事を勤めさせていただきましょう。
先日、あるご法事の折、御当家の方から、次のようなお尋ねがありました。
「最近、御法話をお聴聞していて、思うところがあるんです。今まで、私は、日常生活の中で悩むことがあれば、阿弥陀如来様にお任せしようと思ってきました。どうしようもなく辛い時でも、如来様にお任せしようと思った時、ふっと胸の中が軽くなるんです。それが、私の味わいでしたが、最近、本当にこれでいいのかどうか分からなくなりました。このような味わい方で、本当にいいのでしょうか。」
このように、仏法の味わいについて、真剣に問題にし、それを口にすることは、とても大切なことだと思います。蓮如上人も、常に自分の味わいを口に出して、色んな人に聞いてもらうことの大切さをお説きくださっています。また、「皆ひとのまことの信はさらになし ものしりがほの風情にてこそ」というお歌も歌っておられます。物知り顔で、いかにも仏法のことが分かっていそうな顔をしているが、本当の信心を頂いている人は少ないという意味の厳しいお言葉です。
私達は、自分の描く心の世界に仏法を閉じ込めてしまい、いつの間にか、自分勝手に都合のいいように仏法を理解してしまいがちです。案外、分かっているつもりというのが、一番危ないような気がします。熱心にお寺にお参りされる方ほど、注意しておかねばならないことでしょう。
さて、如来様にお任せするということは、浄土真宗において、最も大切なことですが、如来様にお任せするということは、いったいどういうことをいうのでしょうか。まず、何をお任せするかですが、それは、一言でいえば、生死の問題でしょう。仏教というのは、どの御宗旨であれ、それは、生死を超える道を教えているのです。様々な御宗旨に分かれているのは、生死を超える超え方が、それぞれに違うからです。ゴールは同じでも、それに至ろうとするプロセスが違うということです。「生死を超える」ということの内容は、非常に深いものがありますが、これも一言で表していくならば、生きることも死ぬこともありがたいと受け止めていけるような心の視野が開けることでしょうか。それは、自他の命の尊さに目が覚めていくような世界だと思います。そのような世界に至らない限り、本当の意味で安らぎ落ち着くことが出来ないことを仏教は教えているのです。
人間なら誰しも、死んだら終わりというように考えます。私達にとって、死とは終わりです。生きるということの終わりが死です。ですから、生きることがありがたいと思っている人は、そのありがたい生が終わる死というものをありがたいとは思わないはずです。逆に、生きることが終わる死をありがたいと思う方は、生きることに希望を失っている方であり、生きていることを、ありがたいとは決して思っていないはずです。生きることや死ぬことが、絶望に変わっていくところには、安らぎなど微塵もないことは明白です。人間には、避けようのない絶望が必ず誰の上にも訪れてくるのです。そのどうしようもない状況を如来様にお任せするのです。「お願いだから、私の名を称えることをお前の生きがいとしておくれ、そして、死ぬとは思わずに、浄土に生まれていく命だと思っておくれ」と如来様は、私を一心に願ってくださっています。この願いに私の生も死もお任せしていくのです。お念仏を称えることを生きがいとし、浄土に生まれることを死の意味として受け取ったならば、どんなに厳しい人生であっても、また、どんな形の死に様であろうとも、その人の命は、決して虚しくはなりません。むしろ、生も死も豊かに実っていくはずです。
日常生活の様々な厳しい出来事も、如来様が、私を育てようとする尊い働きです。苦しさの中で「南無阿弥陀仏」と口に称えさせていただくならば、「安心して浄土に向かって生き抜いてきなさい。大丈夫。」と如来様が私に響き、大切な事柄を気づかせてくださいます。悲しい事につけても嬉しい事につけても「南無阿弥陀仏」と如来様は、いつもこの私に響いてくださいます。お念仏を申させていただく姿が、如来様にお任せした姿です。「南無阿弥陀仏」の六字の中には、如来様が、全部詰まってくださっています。お念仏を口にかける日々を送らせていただきましょう。
先日、大学院時代の同級生や先輩方とで一冊の論文集が出版されたことを機に、執筆者が京都に集まり、恩師の浅井成海先生を偲ぶ会が開かれました。それぞれに恩師への感謝の想いが溢れる、とても心温まる会でした。その中で、浅井先生の御自坊を継がれたお嬢様が、次のようなお話をしてくださいました。
「父に私がお寺を継ぎますと伝えた時、父は、『〇〇子おめでとう、仏縁に遇えたね』って言葉をかけてくれました。」
浅井先生の仏法を深く味わっていらっしゃったお人柄が偲ばれる、とても心温まるお話でした。
浄土真宗寺院にとって後継者の問題は、大変重要なものです。なぜなら、浄土真宗のお寺は、親鸞聖人以来、世襲制を採用しているからです。他宗派のお寺も、現在は、ほとんど世襲制を基本としているようですが、他宗派のお寺が、世襲制を採用したのは、明治時代以降の話です。本来、他宗派は、住職が家族を持たないことが、教義上の建て前であるため、世襲制ではありません。よって、住職や檀家が、それほど後継者のことを心配する必要がないのです。現在でも、後継者が不在であれば、次の住職は、ご本山が決めてくださり、適任者が、ご本山より住持職として派遣されてきます。しかし、浄土真宗は、本来世襲制であるため、ご本山が、一般寺院の後継者に関わることはありません。それぞれのお寺の住職と御門徒方が、次の住職を育て守っていかなければならないです。浄土真宗の御門徒方が、寺族の長男を新発意と呼び、大切にしていくのは、浄土真宗寺院が世襲制だからです。全国のお寺では、住職が決まらず廃寺に追い込まれたり、隣寺の住職が代務をして葬儀だけを勤めるという状況も出てきています。それだけに、現役の住職にとって、後継者が決まらないというのは、本当に頭の痛い問題なのです。
そんな中、三人いる娘さんのお一人が、お寺を継ぐことを申し出てくれたのです。私達の常識的な発想では、「ありがとう」と言葉が出るのが普通ではないでしょうか。しかし、先生が、娘さんにかけられた言葉は、「ありがとう」ではなく「おめでとう」だったのです。親鸞聖人の主著である『教行信証』の序文に、次のようにあります。
「ああ、弘誓の強縁、多生にも値ひがたく、真実の浄信、億劫にも獲がたし。たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。」
難しい表現ですが、親鸞聖人のお味わいが、そのまま端的に記されています。阿弥陀如来のお慈悲に出遇い、喜ばせていただく身になることは、「億劫にも獲がたし」とあるように、果てしない時間がかかっても、本当に難しいことなのです。しかし、その中で、不思議にもたまたま阿弥陀如来のお慈悲に遇わせていただけたなら、遠い宿縁を慶びなさいと言われるのです。「遠く宿縁を慶べ」というのは、果てしない昔から諦めずに、私を護り育て続けてくださった阿弥陀如来の深い働きを慶んでいきなさいということです。
世界に七十億人という人がいる中で、阿弥陀如来のお慈悲に出遇っていく方は、ほんの一握りです。それが、過去、未来へと目を向けると、その確率は、本当に小さなものになります。しかも、たまたま人として生まれたことを考えると、果てしない無数の命がある中で、仏法に出遇い、真実に目が覚めていくということは、本当に驚くべきことと言わねばならないでしょう。
人生において、本物の宝となっていくのは仏法だと思います。私が努力をして作り上げた財産や地位や名誉は、決してつまらないものではありませんが、人生における本物の宝とは成りえません。なぜなら、私の命に本物の実りをもたらすことはないからです。それらは、時と場合によっては、私を虚しくさせていきます。しかし、如来様の御慈悲という宝は、どんな時もどんな場合も、決して私を虚しくはさせません。たとえ、死を前に臨んでも、決して命を虚しくさせない宝が、仏法なのです。その宝物に、たまたま恵まれたのです。「おめでとう」と共に喜んでくださるようなものに出遇わせていただきながら、それを、私たちは、案外、当たり前のように過ごしてしまっているのではないでしょうか。仏法を、たまたま恵まれた大切な宝物として、喜んでいける日々を共に歩ませていただきたいものです。
先日、ある御門徒の50回忌のご法事でのことでした。お斎の席で、御親戚の方から、次のようなお話を聞かせていただきました。
「ご院家さん、私の家には、九十八になる婆ちゃんがいます。この婆ちゃんが、本当に仏様を大事にするんです。この婆ちゃんは、六歳の時に病気で目が見えなくなったんです。九十二年間、真っ暗な世界で生きてきました。でも、私ら家族、一度も婆ちゃんが愚痴をこぼしているのを聞いたことがないんです。ある時、婆ちゃんに『婆ちゃん、愚痴こぼしたくなる時はないの?』って聞いてみたんです。そしたら、婆ちゃんが、『わしが愚痴こぼしたら、阿弥陀さんが難儀がるけぇの』って言うんです。私ら、家族、本当にこの婆ちゃんに教えられることが多いんです。」
最近、書店に立ち寄ると、宗教を扱った本が、いたるところに平積みにしてあるのを、よく見かけるようになりました。その中には、仏教系のもの、キリスト教系のもの、新興宗教系のものと様々ですが、住職が学生だった十数年前は、宗教系の本は、『宗教』という一つの狭いコーナーに一色単に押しやられていたものです。それだけ、宗教に対する興味関心が強まってきたということでしょうか。しかし、それは、身近なところに宗教的なものを感じなくなり、宗教が珍しい対象になってきたということかも知れません。
それら書店に平積みにされている本を購入し、読ませていただきますと、どの本にも共通していることですが、宗教的情操感が抜け落ちているような感じがするのです。説明としては、とても分かりやすく書かれていても、どこか焦点がずれているような感じを拭えません。おそらく、本の著者自身が、その宗教によって、本当には生かされていないからなのでしょう。
宗教的なものに出遇っていくというのは、人に出遇っていくことに他なりません。如来の働きによって育てられ、浄土へ生まれていくような人を通して、人は、初めて、如来の働きに出遇うことができるのだと思います。如来の働きに出遇い、それに育てられている人は、言葉では言い尽くせないような如来様の薫りをまとっておられます。
愚痴というのは、「こぼす」と表現するように、それは、人なら誰しもが、思わず口にしてしまうものではないでしょうか。愚痴をこぼさないのは、生まれたばかりの赤ちゃんぐらいのものでしょう。保育園児でも、かわいい愚痴をこぼしています。それ故に、多くの人は、愚痴をこぼしている自分の状態を、人としての当然の姿のように思っているのではないでしょうか。しかし、お経には、「愚痴」というのは、「物事を正しく見ることが出来ない状態」として示されています。私の濁った眼でみれば、人生は、愚痴で溢れていくのかもしれません。しかし、如来の眼からみれば、私の人生は、苦労が多くても、それは、温かい働きに満ち溢れているのでしょう。私達は、多くの有難い働きに恵まれていながら、それら影となって私を支え続けるものに目が向かず、不幸せな状態を自らが作り出しているのです。
「阿弥陀さんが難儀がるけぇの」という一言は、なんとも温かいものを感じます。目が見えない真っ暗な世界でありながら、ひとつも暗くなく、むしろ温かい光に命そのものが包まれているような響きがあります。
親鸞聖人のお書物の中に次のような言葉があります。
「「凡夫」といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえずと、・・・・無碍光仏のひかりの御こころにをさめとりたまふがゆゑに、かならず安楽浄土へいたれば、・・・」
私達の心は、死の瞬間まで、醜い姿を描いていきます。しかし、その醜い姿を醜いものとして私に知らせながら、その醜いどうしようもない私を、しっかりと抱き育て続けてくださるのが、如来の働きです。如来様と共に過ごす人にとっては、一瞬一瞬が、教えられる日々です。如来様の眼をいただく時、真っ暗な中でも、正しく生きる道が、はっきりと目の前に開かれていくのでしょう。