先日、ある御門徒のご法事で、ご法話の中で、死についての味わいをお話させていただいた時のことです。ご法事が終わった後、次のような感想を聞かせていただきました。

 「先ほど、死についてのお話がありましたが、私は、母の晩年を見てきたので、死ぬことよりも認知症になることの方が心配なんです。・・・」

 人が抱える根本的な不安について、改めて考えさせられたご感想でした。死ぬことと認知症になることには、共通した不安があるように思います。それは、大切な自分というものが壊れて亡くなっていくという不安です。認知症という病は、本来の自分が壊れていく病と言っていいでしょう。人は、自分が壊れて亡くなっていくことに大きな不安を抱く存在なのです。認知症は、医学の進歩によって、完治する時代が来るかもしれません。しかし、死を治療することはできません。死んでいく時には、認知症と同じように、自分のことさえも分からなくなり、自分が壊れていくように終わっていくのです。しかも、例外なく全員が死を迎えていきます。認知症が治療できても、今の自分が壊れて亡くなっていくということは、誰もが避けることはできないのです。

 このような個体の命が抱えている根本的な不安を解決していく道が、本来の宗教だと思います。この不安に応えることをせず、世俗の欲望に応えることばかりを説く宗教は、本来の宗教の役割を果たしているとは言えないと思います。

 壊れていく自分が、壊れていくままに豊かに自分の命を喜んでいけるような境地が、お釈迦様のお悟りの境地なのです。そして、その境地は、お念仏の道を歩んだ人々の上にも、確かに恵まれていった境地でもあるのです。

 親鸞聖人の師匠である法然聖人も、晩年は、認知症だったと言われています。法然聖人は、当時の仏教界から智慧第一の法然房と讃えられ、多くの人々から阿弥陀如来の智慧の顕現である勢至菩薩の化身と信じられていた方です。並外れて頭脳明晰だった法然聖人も、最後は認知症になっていかれました。しかし、法然聖人の認知症の症状は、通常の人の認知症の症状とは異なっていました。

 その様子は、法然聖人の臨終のお世話をしたと伝えられるお弟子の勢観房源智上人が記された『御臨終日記』に記されています。それによると、法然聖人は、八十歳で亡くなられますが、その二・三年前から、認知症の症状が出ていたようです。しかし、それは、単なる認知症の姿ではありませんでした。ある時、法然聖人は、床にきちんとお座りになり合掌し、「阿弥陀仏のおわしますぞ、この仏を供養したてまつれ」と言われたそうです。しかし、お弟子の方々には、何も見えなかったと記録されています。また、亡くなられる少し前に、お弟子の方が、法然聖人の枕辺に三尺の阿弥陀仏像を安置し、「この御仏を拝みまいらせたもうべし」とおすすめされたところ、法然聖人は、空中を指さして、「この仏の他に、また仏おはしますか」と言われたというのです。もちろん、その時も、お弟子の方々には、何も見えませんでした。法然聖人は、目の当たり、いつも仏様に見守られながら、認知症の日々を過ごされていたのです。

 そして、法然聖人は、看病するお弟子が、「極楽へは、往生されますか?」と尋ねたことに対し、即座に「我はもと極楽にありし身なれば、さこそあらむずらめ」と答えられたといいます。法然聖人は、常に、阿弥陀如来様をはじめ、お釈迦様や多くの聖衆方と一緒に生きておられたのでしょう。

 法然聖人は、認知症という病に罹り、この世界で積み上げてきた自分が壊れても、いつも仏様方に見守られながら、心豊かに生き、心豊かに死を受け入れていけるような深い安心の中におられたことが分かります。法然聖人には、認知症の薬など必要なかったことでしょう。晩年の法然聖人には、娑婆と浄土の垣根が、ほとんどないような状況が訪れていました。それは、生と死の壁がなくなってしまっているような、私達には、想像もできないような状況です。

 法然聖人ほどの境地は難しくとも、お念仏に育てられていく人生というのは、この私が壊れていったとしても、阿弥陀如来様にしっかりと抱かれた確かな安心が恵まれていく道なのでしょう。

 自分よりも大切なものに出遇わせていただく道が、お念仏の道です。積み上げていく日々ではなく、お育てにあずかる日々を大切にさせていただきましょう。