響き続けるお念仏
住職の日記先日、春季彼岸会に、若院の大学の友人が二人、お参りにきてくださいました。一人は、中国からの留学生です。子どもの頃から仏教に興味があり、信教の自由が保障されている日本に仏教を勉強しに来られたそうです。しかし、日本に来て、大学で若院と友人になるまでは、浄土真宗のことも、親鸞聖人の存在も、まったく知らなかったといいます。観光寺院ではない浄土真宗の地域のお寺の姿に興味を持ってくださり、この度、正法寺の春季彼岸会にお参りしてくださったことでした。
二日間、一番前に座ってお聴聞してくださいました。日本語を勉強し始めて約五年だそうですが、話すことも読み書きも、日本人と同じようにできます。純粋に仏教が聞きたいという実直な姿に、頭が下がるような思いがしました。そんな彼が、初めて目にした親鸞聖人のお正信偈について、「とても美しい詩ですね。豊かな情感がこもっていて、すごくきれいです」と言ってくださったのが、とても印象的でした。
浄土真宗門徒が、日常的にお勤めしてきたお正信偈は、正式には、「正信念仏偈」と言い、親鸞聖人の主著である『教行信証』の中に収められている漢詩です。漢詩というのは、中国語で書かれた詩です。『教行信証』自体も、全文が漢文で書かれています。これは、親鸞聖人が、日本だけでなく、世界を意識していたということでしょう。実際、親鸞聖人の漢文の文章は、中国人から見ても、まったく違和感のない完璧な文章だとも言われていました。特にお正信偈は、親鸞聖人が、浄土真宗のすべてを込めて、御恩報謝の思いから制作されたものです。そこには、親鸞聖人の深い喜びが溢れています。その親鸞聖人の喜びが、中国人の方に直接届いている姿に、改めて、親鸞聖人の尊さを教えていただいたことでした。
また、中国では、宗教統制がある中でも、ほとんどの家にお仏壇があり、ご本尊は、阿弥陀如来様だそうです。そして、みんな「南無阿弥陀仏」と、お念仏を口に称えていることも聞かせていただきました。宗教統制がある中でも、お念仏だけは、なくならずに、人々の口に称えられ続けていることにも、感動を覚えたことでした。
本来、念仏というのは、仏を念ずることですから、それは、精神を集中させて、心に仏を思い描いていくことを意味していました。これを観想念仏といいます。浄土真宗でも大切にされる『浄土三部経』の一つ『仏説観無量寿経』の中で説かれていく念仏も、中心は、この観想念仏です。煩悩を滅し、雑念を封じ込め、ただただ心の中を清らかな仏様でいっぱいにしていく修行が、本来の念仏だったのです。
しかし、この念仏の概念を一変させた方がおられます。それが、浄土真宗において七高僧の一人に数えられます中国の唐の時代に活躍された善導大師という方です。この善導大師について、親鸞聖人は、お正信偈に「善導独明仏正意」と「善導ただ独りが、仏様の正意(本当のお心)を明らかにしてくださった」と讃えておられます。善導大師は、『仏説観無量寿経』をこれまでとは、まったく違う視点から解釈していかれます。その視点は、阿弥陀如来の大慈悲の立場に立つ視点です。阿弥陀如来という深い悲しみと慈しみは、私たちに観想念仏という難行ではなく、口に南無阿弥陀仏と称えていく称名念仏を行ずることを願われていることを、経典の中に見出していかれました。この念仏の概念は、日本の法然聖人に受け継がれ、その弟子の親鸞聖人によって、さらに磨きがかかり、その意味が深まっていきます。
称名念仏は、誰もが、どのような状況でも行ずることのできるものです。口にできなければ、心の中で称えてもよいのです。そして、その念仏は、仏様そのものが、私の命に宿っている姿なのです。南無阿弥陀仏と称える称名念仏は、阿弥陀如来の大慈悲の現れとして、海を越え時代を超え、人々の上に響き続けていきました。そして、それは、国も文化も思想も異なる人々の上に、今も響き続けているのです。これは、どんな人々も、みんな、私と同じかけがえのない仏の子であることの表れです。
親鸞聖人は、『仏説無量寿経』の結びで、お釈迦様が、未来仏である弥勒菩薩にお念仏のみ教えを託す箇所を大切に味わっていかれます。たとえ、あらゆるものが滅んだとしても、このお念仏のみ教えだけは、人々の上に残してほしいというお釈迦様の切実な願いが、ここに表れているからです。私たちは、計り知れない大きな願いの中に、お念仏をいただいているのです。
改めてお念仏に出遇わせていただいていることの尊さを大切に味わい、お念仏を口に称える毎日を丁寧に送らせていただきましょう。
