先立たれたご両親をご縁に・・・
住職の日記先日から、ある御門徒の方が、ご両親の写真を持って、お寺のご法座にお参りしてくださるようになりました。その方のご両親は、生前中、お寺でのお聴聞を生活の中心にしておられました。ご法座には、必ずご夫婦でお参りをされ、大切に如来様のお慈悲を味わい続け、お念仏に薫るご生涯を生き抜かれたことでした。そのご両親が、今年、立て続けにお二人ともご往生されたのです。
お二人がご往生され、ご法座が寂しくなりましたが、しばらくして、息子さんが、お二人の写真を持って、お寺にお参りに来られるようになったのです。お二人の写真を、ご自分の席の机に立て掛け、ご両親の写真と一緒にお聴聞をされます。息子さんが言われるには、「二人を、お寺のご法座に連れてきてあげたかったんです。お寺にお参りするのを、とても楽しみにしていましたから。」ということでした。お寺参りが、相続されているお姿に、頭の下がる思いをさせていただいたことでした。
法然聖人は、お念仏を易行という言葉で表されました。易(やさ)しい行いという意味です。一方で、お念仏以外の行いを難行という言葉で表されています。比叡山などで行われている厳しい仏道修行のことです。一般的に有名なのは、千日回峰行でしょうか。千日回峰行は、約七年もの歳月をかけて、ひたすら山の中を歩き回る行です。約七年間で走破する総距離は、約四万キロ、地球一周分になるといいます。しかも、五年目には、最大の難所と言われる九日間の堂入りという行が待ち受けています。九日間、断食、断水、不眠、不臥(横にならない)という状態を保ち続け、口に真言をひたすら唱え続けるという荒行です。戦国時代から現代まで、約五十人程度の人しか成しえていない難行です。この行は、誰にでもできるものではありません。ほんの一握りの特別な人にしか成しえない行です。これらの難行に比べれば、お念仏を口に称えるという行いは、体力のない子どもや老人、また、病人や死に臨む人でも、誰にでも行うことのできる易行です。
しかし、親鸞聖人は、この易行の念仏を難信の法と説かれていきます。行うことは易しくとも、その法を信じることは何よりも難しいと言われるのです。法然聖人は、一握りの聖人だけでなく、どんな人間にも、阿弥陀如来の救いの道が開かれていることを、「易しい」という言葉で明らかにされました。親鸞聖人は、その法然聖人の教えを受けながら、もう一歩踏み込んで、その易しいお念仏を称えていくということが、どれほど称える人にとって尊い意味をもたらすものであるのかを明らかにされたのです。
親鸞聖人が言われるように、仏様のみ教えを信じるというのは、決して簡単なことではありません。人というのは、仏様の教えよりも、自らの煩悩が喜ぶことを信じ聞きたがるものなのでしょう。必ず死ぬという話ではなく、必ずお金が儲かる、必ず病気が治るという話が聞けるのであれば、本堂に入りきれない人がお寺に集まるかも知れません。
しかし、お寺で説かれている話は、信じがたい仏様の話です。浄土真宗のお寺にお参りするというのは、難しいことです。この難しいことが、成しえているのであれば、これは、当たり前なことではなく不思議なことではないでしょうか。親鸞聖人は、その不思議を何よりも喜ばれたのです。聞きがたいことを聞かせていただいている、信じがたいことにうなずける心をいただいている、それは、私の努力や能力でできることではありません。阿弥陀如来の私を願う慈しみと悲しみが、私に注がれ続けた結果が、聞きがたいことを聞き、信じがたいことを信じている私の姿なのです。お寺にお参りしていること自体が、すでに如来様に抱かれている証拠でもあるのです。
阿弥陀如来の願いは、様々な人々の上にも宿っていきます。まるで磁石が鉄くずを引き付け、鉄くずを磁石化し、磁石化した鉄くずが、また別の鉄くずを磁石の磁場に引き付けていくように、如来様のお慈悲の磁場は、数限りない人々の上に広がり続けていくのです。お念仏を喜ばれたご両親がご縁となり、お寺にお参りされるようになった息子さんの姿も、それを表しています。
これは、もう人の行いとは言えません。如来様のお慈悲の行いの中に、人々は、ただ導かれていく他はないのです。これを親鸞聖人は、他力不思議と喜ばれ、易行であるお念仏が、私の行いではなく、如来様の大行であることを明らかにされたのです。
改めて、お寺にお参りをし、如来様のお慈悲に耳を傾け、お念仏を申させていただけていることの尊さを、しみじみと喜ばせていただきましょう。
